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池の露とは?

明治創業から、米製へ全面転換による休止、 そして、26年ぶりの復活へ
弊社、天草酒造は、創業明治32年、私の曽祖父、平下榮三により、池ノ露合名会社として芋焼酎造りで創業しました。

今でこそ、熊本県といえば米焼酎の産地として有名ですが、私共の蔵は、目の前には美しい海、 その先は鹿児島県の獅子島、長島という立地条件です。そのため鹿児島の文化に多いに影響を受けてまいりました。

当時は、長島より杜氏をお迎えし、船で芋を運んで製造しておりました。地元の方に愛飲していただいておりましたが、減圧蒸留による、米で造る淡麗な米焼酎が人気をあつめ、当時の風味の強い芋焼酎は次第に、減少して行き50石程の製造量でした。父は、仕込みの無い時期は東京へ出稼ぎに行き生計をたてておりました。

そこで、昭和55年に、いよいよ芋焼酎の仕込みを断念し、減圧蒸留による純米焼酎「天草」一本で新たな合名会社天草酒造としてスタートいたしました。おかげさまで、天草島内で人気を集め蔵として安定的な経営を出来るまでになりました。

しかし、私が大学を卒業し、地元に帰る頃には天草諸島の飲酒人口は減少の一途。そこで、東京の市場を目指し、麦焼酎「特酎麦製天草」を色々な方のご協力を得て、平成13年より販売させていただきました。

次第に原料の風味が生きた本格焼酎が見直されるようになり、芋焼酎復活の思いは年々募り、特約酒販店様、はじめ様々な方々のお力添えをいただくくことで、平成18年、26年ぶりに復活することができました。



これからも、小さな蔵だからこそ出来る、 丁寧な手造りにこだわり、日々精進感謝
その後、おかげさまで、手造り、甕仕込みによる麦製、米製の立車屋(くるまや)を販売することができました。

手造りによる焼酎製造は奥が深く、気候との兼ね合いや原料の特性といったまだまだ、難しいところですが、小さな蔵だからこそできる、五感を使った丁寧な作業を続けてゆくことで、着実に酒質向上に向けて、日々精進してまいりたいとおもいます。

今まで、支えていただいている、酒販店様方、天草の焼酎を応援していただいているお客様、そして焼酎製造に関わっていただいている皆様に感謝の気持ちで一杯です。

今後も焼酎製造をとうして天草酒造に関わっていただいている皆様が笑顔あふれ、気持ちの通じ合う信頼関係を築くべく努力してまいります。


天草酒造四代目 平下 豊

当蔵の位置
純米焼酎天草
本格芋焼酎池の露
米製立車屋
スタッフ写真
天草酒造 四代目 平下 豊

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